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富士山とわたし(新年のごあいさつ)

わたしのこと

明けましておめでとうございます。

昨年はブログを読んでくださいましてありがとうございました。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

昨年購入したMacbook Proをようやく使い始めてこのブログを書いています。

ずーっとWindowsでした。

スマホもずーっとAndroide勢のわたくし。

いまひとつしっくりきませんw

でも使わなければ慣れませんし良さも実感できません。

頑張って使っていきます!

さて。

年末のなんちゃって大掃除で出てきた写真が手元にあります。

富士山が写っています。

1990年1月4日木曜日当時の住まいからの眺め。

30年前に思いを馳せました。

 

お正月の澄んだ空気と太陽が織りなす錦の中。

西方にたたずむ富士山が大好きでした。

自宅から富士山がみえるという僥倖。

通学電車が県境を越えるたびにも姿が見え、

都内を走り抜け、東京の西にたどり着くと少し大きくなったその姿が見える。

新入生オリエンテーションや、夏の林間学校ではその麓で同級生らと寝食を共にする。

手は届かなくとも心の距離が近いそんな存在でした。

 

ああそういえば、江戸時代のご先祖様に富士山からお帰りにならず、ずっといらっしゃる方がいます。

その話を初めて聞いたときには、何となく怖いと思ってしまったのだけれど。

今はただ、そうだったんだね。富士山が大好きだったんだね。と思えます。

 

現在この姿の富士山は目にすることはできません。

わたし自身が住んでいないですし、川向こうに沢山生えたビルのため随分と景観が異なっています。

(Pixabayのフリー画像)

転居した後も、30年の間、富士山を見ない年というのはなかったと思います。

まず先祖のお墓が富士山の見える場所にありますから、お墓参りに行く度に8合目あたりから上の姿が見えます。

旅や出張で西に移動するときは新幹線の車窓から裾野を広げた姿が見えます(E席はすぐ埋まってしまう)。

2年住んだ転勤先の宿舎からは大きな窓から大きな富士山が見えて季節折々の雄姿に癒されていました。

(Pixabayのフリー画像)

 

小笠原行きの船上から眺めた富士山も格別でした。

飛行機がない時代、海外に行くとすれば船でしたよね。

離岸して小さくなっていく富士山を見て

いつまた帰って来られるだろうかと寂しさを感じたり

もう帰って来ることはないだろうと決意を固めたり

どれほどの人の心を動かしてきただろうかと胸がギュッとなったことを憶えています。

(Pixabayのフリー画像)

 

ここ数年は自宅から通勤する途中、交通量の多い陸橋から一瞬だけ富士山が顔を出してくれます。

運転中は写真が難しいのが残念。ほんの一時の邂逅なのにとてつもなく心が洗われます。

冬が近づくと稜線がくっきりと見え始めて

真冬になると真っ白な頂に思わずうわ〜💕と声が出て

春の日差しとともに春霞に溶け込んでいく。

 

富士山は変わらない。そう言う方もいるのだけれど。

変わっていないように見えてきっと変わっているのだと思います。

ただ人間の持つ時間感覚とは異なるから不動に見える。

忙しないめくるめく日々の中

いつもそこにある存在として励まされたいという人の心。想い。

 

投影し続けてきたんですね。富士山は。

 

富士山を身近に感じ感動を覚える人々は

自分の中にぞれぞれの富士山の姿を保ち続けるのだろうと思います。

同じだったり違ったり。

素敵な刻印だなと思います。

 

どんな予言や計画や噂や予知があろうとも。

この刻印を奪うことは誰にもできないだろうなと思います。

 

2022年もまた、富士山を目にしては心を動かされる日々を、大切に大切にしていこうと思います。

みなさまどうぞ健やかに一年をお過ごしくださいね。

 

新年早々読んで下さって本当にどうもありがとうございます。

 

 

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