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花手水と古墳の休日。

心にうかんだこと

こんばんは。
ゴールデンウイーク、満喫されていますか?
ゆっくりお休みになっている方も、
アクティブに動かれている方も、
それぞれに大切な時間をお過ごしくださいね。

きょうは軽めの投稿です。リラックスしてお付き合いください。

車を走らせて、埼玉県北部の行田に行ってきました。

さきたま古墳群を訪れてみたかったのです。

左上は丸墓山古墳

古墳というと、大仙古墳等の近畿地方にあるイメージですが、
じつは群馬・埼玉にも多く現存しています。

小学校の遠足か社会科見学で訪れて以来、
35年ぶり。
副葬品の鉄剣(国宝)の記憶がうっすらあるぐらいでした。

古墳って、なんだか不思議だよなあー
前方後円墳とか、なんでこの形にしたのかな?
宇宙から見つけやすいからかな?
とずっと興味は持ち続けていて、
奈良に行っても、古墳らしき「こんもり」を見ると、
「おー古墳だ!」とドキドキしていたりしました。
が、なかなか、ゆっくり訪れる機会はなかったのですよ。

今日、この知的好奇心をやっと満たすことができました。

稲荷山古墳

さきたま古墳群は9基あり、
国宝の鉄剣が出た稲荷山古墳、
石田三成が忍城攻めで陣を敷いた丸墓山古墳などがありますが、
将軍山古墳は唯一、埋葬状態が現地で復元されています。
ただ古墳の上に登るだけではわからない、
内部のイメージがつかめます。

石室の石は、千葉の富津あたりから運ばれたもの。
150キロぐらい離れています。
当時アクアラインも高速道路も車もありませんからね。
船をつかって川を上っていったのでしょうか。
陸路でしょうか。
想像するのが楽しいのです。

副葬品に馬具や甲冑が多くみられました、
この時代は「権威」「武力」の誇示が重視されていたのかな。
お亡くなりになってからも、
ゆっくり休めないのね。
こんな感想が出てくるのは、完全に年の功ですね。

古墳の副葬品は、時代が下るにつれ、
呪術要素が薄まって、武の要素が強まるというのも、
興味深いです。

さて。
さきたま古墳群を訪れる前、
市街地にぽつんと残された八幡山古墳に行ってきました。
近くには大きな工場もあったりして、
え、ここ?
と思いながらNAVIに従って進むと、
THE近所の公園、という雰囲気の場所にあります。

たまたま石室が開いていました。
(土日祝日のみらしい)

こちらは、さきたま古墳群より後の時代のもの。
被葬者は、武蔵国造。物部姓でした。
ここは石室が露出しています。
古墳の土を削って、
土地の醸成に使ったからですね。
まあ、「土」は「土」という考え方だったのでしょう。

六角ですね

奥室から出入口をみたところ

スタッフも観光客も近所の人もだーれもいなくて、
パンフレットもご自由にお持ち帰りください方式で置いてありました。

エジプトのピラミッドと比べると、
ストレートに出入口が見えるので、
なんだかとても素直な造りだと思いました。

吹きっさらしの場所ですが、
かえってロマンを感じてしまいました。
静かで、鳥が鳴いていて、蝶が舞って、花が咲いていて、
なんかラピュタ的な。ね。

さ、そろそろ古墳ネタは終わりにして。

行田は花手水の街なので、
いくつか写真をシェアして終わりにしましょう。

とても現代的な華やかさですね。
古墳とのギャップがナイスです。

こちらの花手水は、
すべて行田八幡神社のもの。
神社のみならず、
お菓子屋さんの店先などにも見受けられました。
街に花手水を取り入れているのですね。
皆さん必ず写真を撮っていらっしゃいましたね。

余談ですが。
竹は、影も竹ですね。
キレイな影だなあ、、、と思って、
じっと眺めてしまいました。

とりとめもない記事でした。
最後までお付き合いくださって、
ありがとうございます。

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